劫のいろいろ
劫は、梵語のKalpaを和訳した仏教語から派生した用語で交互に相手の石1個を取り返すことができる形をいいます。
劫を取られ方は次の手で劫を取り返すことができませんから他の場所を打たなければなりません。
他の場所に打ったところを相手が応じれば劫を取り返すことができるようになります。
- 日本囲碁規約 第六条(劫)
- 交互に相手方の石一個を取り返し得る形を「劫」という。
劫を取られた方は、次の着手でその劫を取り返すことはできない。
このほかの場所に打つ手のことを劫立てといい、劫立てした場所を相手が打つことを劫立てに応じるといいます。
相手が応じてくれるような劫立ての場所のことを劫材といいます。
相手が劫立てに応じないで劫の場所を続けて打ったときに劫立てした場所を続けて打って相手に劫の場所を連打された代償を得ることを劫代わりといいます。
この際、劫代わりのところでまったく利益が生じない劫立てを無劫といいます。
また、劫代わりのところで劫が発生する場合を劫移しといいます。
なお、劫材を打つ手の1手目の価値はゼロで相手が劫を解消してそここを連打したときに利益を得るのが普通ですから、大きい場所がいっぱいあるときは劫材を打つのではなく大きい場所を2カ所打った方が得な場合が少なくありません。
劫立てを受けずに劫を解消して得た利益が、相手が得た劫代わりの利益より大きい場合は、劫に勝ったといいます。
相手より劫材の数が多くなければ劫に勝つことはできません。
そこで劫材が多いことを劫に強いといい、劫材が少ないことを劫に弱いといいます。
欠陥の少ない碁(厚い碁)は、相手からの劫材が少ないので劫に強いのが普通です。
囲碁格言:厚い碁は劫自慢
劫に強くなるためには相手の劫材を減らし、自分の劫材を減らさないように配慮することが肝要です。
劫が発生した場合は、自分が劫の取り番ならその劫を譲るつもりのときでも、いったんは劫を取り、相手に劫立てを打たせて相手の劫材を1つ消費させることが大切です。
囲碁格言:初劫取るべし
大きな劫材は、石が接触している場所に生じます。
したがって、石が接触していない布石の初期段階には大きな劫材がありませんから、相手が取り番になる劫は勝つことができません。
囲碁格言:初碁に劫無し
劫材の選び方は勝敗の行方を支配します。
劫争いが生じたときは、大きい劫材を先に使ってしまうと、小さい劫材しか残らず劫に弱くなってしまうので、小さい劫材から使うのが原則です。
囲碁格言:劫材は小さい順に使え
しかし、状況によっては大きい順から使わなければいけない場合もありますから劫材を使う順序には充分な配慮が必要です。
例えば下記のような局面があったとします。
黒が劫に負けたとき代償として最低必要な値:10目
白が劫に負けたとき代償として最低必要な値:20目
黒の劫材:25目、24目、22目、21目、20目、16目、15目、12目、11目
白の劫材:30目、22目
手番:黒
劫材は小さい方からということで20目の劫立てをしたとします。白は喜んで解消して黒の得た利益は20目です。
大きい順に劫立てしたとします。黒25、白30、黒24、白22、黒22、白劫解消し、黒は22目の利益を得ます。
黒が最初から22目の劫立てをすると白が劫を解消し、黒22目の利益を得ます。
黒が得た利益は同じですが、白は30目と22目の劫材を温存できます。黒も25目、24目の劫材を温存できますが、温存できた劫の価値は白の方が高いと思われます。
したがって、このような局面では劫材の大きい順に劫立てした方がいいということになります。
また、劫に匹敵する劫材の大きさも局面の状況によってかわります。
劫材の大きさは劫の大きさの2/3でいいというもっともらしい説がありますが、とんでもない話で劫の大きさより劫材の大きさが大きくても損をすることがあります。
例えば、下記のような局面があったとします。
出入り20目以上のヨセがいっぱいある
劫を仕掛けると負けた場合の損害が1目、劫に勝った場合の利益が20目の部分がある。
自分には劫材は最大20目程度の劫材がたくさんある。
相手には最大20目をこえる劫材がない。
劫を仕掛けたら絶対に負けそうもありません。
そこで劫を仕掛け、20目の劫立てをします。
相手は劫を解消し、劫立てのところを連打して20目の利益を得ます。
こちらの損は1目ですから差し引き19目の得をしたことになります。
しかし、次の手番は相手側になっています。
つまり、大得をしたようにみえても出入り19目のヨセを打ったにすぎないことになります。
たとえ花見劫であっても劫を仕掛けるときは、劫立てに応じずに劫を解消したとき、その局面で最大の手より大きな劫材の数が相手の劫材の数より多いか確認する必要があります。
- 本劫
- 本劫とは、どちらも劫を争っている場所を続けて打つと劫が解消される劫をいいます。
本劫は、劫を取っている側が1手で劫を解消することができるので1手劫ということもあります。
1手劫と1手ヨセ劫とは違いますから混同しないようにしてください。
- ヨセ劫
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ヨセ劫とは、一方の側は1手で劫を解消できるのに対して、もう一方の側は手数を詰めてからでなければ本劫にならない劫をいいます。
左図、黒◆と劫を取った黒は、次に黒Aと取れば劫を解消できますが、白は白Bと劫を取り返した後、Cと1手かけてからでなければ本劫になりません。
このように1手手数を詰めてから本劫になる劫を1手ヨセ劫といい、n手手数を詰めてやっと本劫になる劫をn手ヨセ劫といいます。
1手ヨセ劫を勝つためには、相手は他に3手打つことができる勘定になります。
3手ヨセ劫になると相手は4手他に打つことができるので3手ヨセ劫、劫に非ずといわれるほど不利な劫です。
- ソバ劫
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ソバ劫とは、劫を争っている石に関連した劫立てで、その手に応じないと劫争いの意味を失ってしまう劫立てをいいます。
ソバ劫が豊富にあると劫争いに有利ですが、ソバ劫を使うに従い劫の価値が大きくなることが多く、その場合ソバ劫を使い果たして劫に負けるとソバ劫を使わないで負けたときより甚大な損害を受けますから注意が必要です。
左図黒◆劫トリに対する黒★ノビ出しがソバ劫で劫材に使えますが負けたときの損害は大きくなります。
- 損劫
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損劫とは相手に受けられると損になる劫立てをいいます。
左図白◇ホウリコミは劫立てになりますが、黒◆と取られると黒あアテ、いのヨセをなくして隅の白地を増やしてしまう損劫です。
損劫を打つと、相手は得した分だけ小さい大きさの劫材でも元が取れるようになりますから劫材の数が増えてしまいます。
損劫を何回も打って損を積み重ねると、劫に勝っても差し引き欠損になってしまうことになります。
劫の大きさがべらでかで劫立てで損をしても劫に勝てば決定打になるとき以外は損劫を立てないようにしなければいけません。
- 天下劫
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天下劫とは天下利かずの劫の略で、劫の価値が非常に大きくてそれに匹敵する劫材がありえない劫のことを言います。
左図、黒◆劫トリの後、黒Aと打ち抜く手は、白B劫トリ返し、白C打ち抜きに比べて60目以上の差があり、これに匹敵する劫立てはありえません。
このような劫を天下劫と言います。
- 万年劫
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左図のような劫
詳細は左図をクリックしてください。
- 花見劫
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劫に負けたときの損害が軽微で、劫に勝ったときの利益が莫大な劫。
詳細は左図をクリックしてください。
- 2段劫
2段劫とは2段重ねになっている劫のことで、一方は1回劫に勝てば劫を解消できますが、もう一方は2回劫に勝たなければ劫を解消できません。 |
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白◎と黒◎で劫を争っています。
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黒が上図の劫に勝っても黒◆と白◇の劫争いをしなければなりません。
つまり、黒は2回劫に勝たなければ白を取ることができません。
このような劫を2段劫といいます。
なお、この図から白が劫に勝つためには2回劫に勝たなければなりません。
左図を黒に有利な2段劫、上図を白に有利な2段劫といいます。
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ダメが空いていると黒★と取ってもまだ白☆との劫争いです。
つまり、黒は、もう1回劫に勝たなければ白を取ることができません。
このように3段重ねになった劫を3段劫といいます。
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- 両劫
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両劫とは左図に示すように攻合いをしている石の内ダメに劫が2つある形をいいます。
左図は黒がアタリの状態になっていて白の手番ならいつでも黒が取られる状態です。
黒の手番で黒▼と劫を取ると白をアタリにできますが、もう一方の劫を白△と取られて黒はアタリです。
黒が他に劫立てをして白がそこを受けてから黒▲と劫を取り返して白をアタリにすると、白はもう一方の項を白▽と取り返して黒をアタリにします
つまり、この黒は劫立てしても白を取ることができず、白から取られることを待つ運命にあり、白は1眼しかありませんがいつでも黒を取って活きることができるのです。
この黒を両劫の死といい、白を両劫の活きといいます。
黒から白を取ることができませんから、このまま黒を死石として扱うことができますが、他に劫が生じた場合に黒は劫を取り返すことを劫立てとして使うことができます。
つまり、両劫の死の石は、無限の劫材をもっていることになり、このため両劫の活きになっている側は、他の場所で劫が起きないように碁の戦略が大幅に制約を受けます。
このことから両劫3年の患いと言われています。
両劫の死は、終局すれば手入れしないでも取ることができますが、大きな劫が勃発しそうな状況になったら、手入れして取りきっておかなければならないことがあります。
- 両劫セキ
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両劫セキとは、左図に示すようにどちらからも両劫を解消して相手の石を取りきることができない両劫をいいます。
左図は黒・白どちらともアタリの状態ではありません。
黒▼と劫をトリ白をアタリにすると白△ともう一方の劫を取りアタリを解消できます。
白▽と劫をトリ黒をアタリにすると黒▲ともう一方の劫を取りアタリを解消できます。
黒▲と劫をトリ白をアタリにすると白▽ともう一方の劫を取りアタリを解消できます。
白△と劫をトリ黒をアタリにすると黒▼ともう一方の劫を取りアタリを解消できます。
つまり、どちらも相手の石を取ることができません。
両劫セキはどちらからも解消することができませんから、他に劫が生じると両者とも両劫セキの劫を取ることを劫立てとして使うことができます。
このため、黒▼劫トリ、白△劫トリ、黒別の場所劫トリ、白▽劫トリ、黒▲劫トリ、白別の場所劫トリ、黒▼劫トリ、・・・・と同型を繰り返すことになり
両者ともどちらの劫も譲ることができない場合は実質的な三劫と同じです。
この場合、日本囲碁規約では両者が合意すれば無勝負になります。
- 日本囲碁規約 第12条(無勝負)
- 対局中に同一局面反復の状態を生じた場合において、双方が同意した時は無勝負とする。
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- 三劫
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三劫とは、左図に示すように攻合いをしている石の内ダメに劫が3つ生じ、交互に劫を取り合って同型反復になる形をいいます。
- アタリになっている黒は黒◆と劫を取り白をアタリにする。
- アタリになっている白は白☆と劫を取り黒をアタリにする。
- アタリになっている黒は黒●と劫を取り白をアタリにする。
- アタリになっている白は白◇と劫を取り黒をアタリにする。
- アタリになっている黒は黒★と劫を取り白をアタリにする。
- アタリになっている白は白○と劫を取り黒をアタリにする。
- アタリになっている黒は黒◆と劫を取り白をアタリにする。
- 以下同じことを繰り返す。
このような場合、日本囲碁規約では両者が合意すれば無勝負になります。
両劫セキと別の場所での劫との組み合わせによる三劫もどきの同型反復は見かけることがありますが、純正の三劫は滅多に生じない珍現象とされています。
三劫は、天正10年(1582年)6月1日に本能寺における日海(後の本因坊算砂)と鹿塩利玄の御前対局に現れ、その宵本能寺の乱が起きたことから不吉な前兆と言われることがあります。
なお、AGAルールやニュージーランドルールのようにこのような同型反復する形をスーパー劫と定義して、劫と同じように扱い、循環を禁止するルールもあります。